吉村禎章の25歳までの成績がすごい

吉村禎章はPL学園高出身で1982年、ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団しました。PL学園在学時に全国選抜野球大会で優勝しています。
2年目の1983年に84試合の出場を果たし、巨人の主力となっていきます。
同年若手選手として活躍した駒田徳広、槙原寛己とともに、彼らの背番号にちなんで50番トリオと呼ばれ期待の若手の一人となりました。

その吉村禎章ですが、ご存知の方も多いと思いますが、札幌円山球場で1988年7月6日の対中日ドラゴンズ戦3回に通算100号本塁打を記録して、8回の左翼手としての守備で中尾孝義の放った飛球を捕球した際、この回から中堅手の守備に入った栄村忠広と激突して大けがをしてしまいました。そのケガをする前の成績がこちらです。

吉村(19) 4試合 打率.000 0本 0打点
吉村(20) 84試合 打率.326 5本 11打点 OPS.959
吉村(21) 115試合 打率.342 13本 34打点 OPS.1030
吉村(22) 120試合 打率.328 16本 56打点 OPS.957
吉村(23) 128試合 打率.312 23本 72打点 OPS.908 <–ベストナイン
吉村(24) 127試合 打率.322 30本 86打点 OPS.949 <–ベストナイン
吉村(25) 65試合 打率.302 13本 39打点 OPS.913←怪我
22歳の時の打率、本塁打の割にOPS高いですね。ベストナインやオールスターMVPに選ばれたりと将来は巨人軍の4番に据わる男でした。
こんな5番打者を今の巨人に欲しいです。5番打者というか4番を打てますね。
ケガをしなかったら高橋由みたいな選手になっていたのでしょうか。
ちなみに東京ドーム初ホームランは吉村禎章が打っています。

動画

プロフィール

誕生日:1963年4月27日
出身:奈良県御所市
身長:180cm
体重:89kg
学歴:PL学園

LAS理論で野球上達!

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